新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【18品目】お熱いのはお好き?
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」18品目
「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【18品目】「お熱いのはお好き?」をご賞味あれ!
【18品目】お熱いのはお好き?
アメリカやヨーロッパの映画を見ていると、食事シーンに違和感を覚えることがある。メジャーなところでは『未知との遭遇』(アメリカ/1977年)で、主人公のロイ(リチャード・ドレイファス)が夕食時にマッシュポテトを大量に皿に盛って何かの形を作ろうとする場面。謎の飛行物体に遭遇して以来、度重なるロイの奇行に家族は呆れかえり悲嘆に暮れるのだが、それより私が気になったのは、その食卓である。画面で確認できるのは、マッシュポテトとパン(らしきもの)と牛乳だけ。テーブルにはフタ付きの鍋も置かれているが、誰もそこから何かをよそったりしない。スープ的なものが入っているのかもしれないけど、朝食ならまだしも夕食としてはあまりに寂しくないですか?
『鉄道運転士の花束』(セルビア・クロアチア合作/2016年)では、定年間近の鉄道運転士が、養護施設を抜け出し線路を歩いているところを保護した少年に食事を提供する。チーズ、パプリカ、イワシ(オイルサーディン?)、パンとラズベリージャム。……いや、悪くはないけど季節的にも寒そうだったし、そういうときは温かいスープとか出すものじゃないの? 時代設定は現代であり、一応カップに入ったミルク(もしくはカフェオレ)もあったけど、湯気は出ていなくて冷たそうだった。
ほかにも例を挙げようと思えばいろいろあるが、欧米映画で見る食事シーンには基本的に温度が感じられない。マッシュポテトやチーズなんかは言うまでもなく、スープやシチュー的なものが出てきても、あんまり熱そうじゃない。ロンドンのレストランを舞台にした『ボイリング・ポイント/沸騰』(イギリス/2021年)では、クリスマス前の金曜日のてんてこ舞いの厨房の様子が描かれ、その部分は(比喩的な意味で)激熱なのだが、出てくる料理自体はそれほど熱々には見えない。もちろん例外はあるにせよ、どうも欧米の人は料理の温度に対するこだわりが薄い気がするのであった。
それに比べて、日本や中国では温度を重視する。中華料理は炎の料理と言われるぐらいだし、小籠包なんて熱々爆弾みたいなものだ。同じアジアでも韓国やタイだと熱さより辛さが前面に出てくるが、それでも基本は熱々である。日本料理においては、熱いものは熱く、冷たいものは冷たい状態で供するのが理想。お刺身を氷の上に盛ったりするのもそうだし、温泉旅館などでよくある固形燃料の一人鍋や一人鉄板焼きは、その最たる例だろう。故・上島竜平のおでん芸も、おでん=熱々という共通認識があってこそ成り立っていた。ひもを引っ張れば温まる駅弁なんてのも、日本ならではの発明ではないか(違ったらごめんなさい)。
個人的にも料理の温度にはこだわるほうだ。実際のところ、どちらかというと猫舌の部類だと自覚しているのだが、それでも熱いものは熱々で食べたい。「あちゃちゃッ」とか言いながら、フーフーして食べるのも味のうち。特にうどん、そば、ラーメンなどの麵類は熱々であってほしい。しかし、本当に熱々で出てくる店は意外と少ない。
しばらく前にツイッターで見かけたラーメンが好みのビジュアルで、しかも近所に新しくできた店だったので、買い物のついでに寄ってみた。出てきた鶏だし白湯ラーメンは期待どおりにおいしかった。おいしかったのだが、いかんせんちょっとぬるかった。それでもたまたまそのときぬるかっただけかもしれないと思って後日再訪してみたら、なんと閉店していたのであった。ああ、諸行無常……。
その店のスープはこってり系だったが、こってりスープはぬるい場合が多い。ラーメンマニアではないので、そんなに食べ歩いているわけではなくサンプル数が少なくて恐縮だが、元祖こってり的な有名店もぬるかった記憶がある。こってり系以外の店にしても、ぬるいとは言わないまでも、どちらかといえば猫舌の私が躊躇なく普通に食べられるケースが多い。それが適温ということかもしれないが、もっと熱々でもいいのに……と思ってしまう。その点、あんかけ系だと見た目より熱々で冷めにくくて良い。
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